一言で歯列不正と言っても、実にさまざまな症状があります。
そのひとつに犬歯の低位唇側転位があります。
犬歯の低位唇側転位は、一般的には八重歯として知られている歯列不正で、比較的高頻度に認められます。
犬歯の低位唇側転位の改善方法には、いくつかの方法がありますが、そのひとつがセラミック矯正です。
今回は、犬歯の低位唇側転位に対するセラミック矯正についてお話しします。
目次
犬歯の低位唇側転位とは
まず犬歯の低位唇側転位、いわゆる八重歯についてご説明します。
原因
犬歯の低位唇側転位の原因は、アーチ・レングス・ディスクレパンシー(Arch Lenght Discrepancy)です。
アーチ・レングス・ディスクレパンシーとは、歯が並ぶ歯列弓の大きさと歯の大きさの不調和を表す矯正歯科用語です。
一般的に、右側の第一大臼歯近心から左側の第一大臼歯近心までの歯列弓の長さと、第二小臼歯から前方までの10本分の歯の幅径の総和でもとめます。
歯列弓の長さよりも歯の幅径の総和の方が大きければ、アーチ・レングス・ディスクレパンシーはマイナスとなり、いずれかの歯が頬舌方向に転位します。
特に上顎の犬歯は、上顎の側切歯や小臼歯よりも萌出順序が後なので、アーチ・レングス・ディスクレパンシーがマイナスの場合、犬歯の低位唇側転位を招来しやすい傾向があります。
症状
犬歯の低位唇側転位では、犬歯が歯列弓を外れて外側に位置しています。
そして、萌出が完了した年齢になっても、犬歯が咬合平面のレベルにまで達することもあまりありません。
海外での捉え方
日本では従来かわいいと肯定的に捉えられてきた犬歯の低位唇側転位ですが、海外では日本とは全く反対の捉え方をするようです。
欧米諸国では狼男やドラキュラを連想させる歯として矯正治療の対象となることが大半で、犬歯の低位唇側転位を放置した日本人にカルチャーショックを受ける方も少なくないと言われています。
こうした傾向は欧米諸国に限ったものではなく、中国でも幸福が逃げる“虎の歯”として嫌がられているようです。
こうしたイメージが日本にも浸透するにつれ、我が国でも犬歯の低位唇側転位について従来とは異なり、改善した方が良い歯列不正であるという認識が広がりつつあります。
抜歯は推奨されない
アーチ・レングス・ディスクレパンシーがマイナスの場合、いずれかの歯を抜歯して歯を歯列弓に配列できるようにします。しかし、犬歯がたとえ低位唇側転位歯だからといって、犬歯が抜歯の対象となることはまずありません。
理由のひとつは、犬歯と似た形の歯が他になく、犬歯が欠損した歯列は、形態的にとても不自然になってしまうからです。また、犬歯には前歯と臼歯の結節点として、下顎の動きをコントロールする犬歯ガイドという役割があり、抜歯してしまうとこれも果たせなくなります。
こうしたことから、犬歯の低位唇側転位であっても、犬歯の抜歯は推奨されません。
セラミック矯正について
では犬歯の低位唇側転位の治療法として、セラミック矯正は選択肢になるのでしょうか。詳しくみていきます。
セラミック矯正とは
セラミック矯正は、セラミッククラウンを装着することで歯列不正の審美的な改善を図る矯正治療法です。
主に前歯部を中心とする歯列不正の治療に適応があります。
メリット
セラミック矯正のメリットは、治療期間の短さです。
歯列矯正では、治療期間が2〜3年と長期に及ぶことも珍しくありません。
セラミック矯正では、支台歯を形成し印象採得・咬合採得すれば、翌週にセラミッククラウンが装着可能となり、治療が終了します。
麻酔抜髄が必要な場合は、治療期間が少し延長されますが、歯列矯正のように年単位となることはありません。
また、歯列矯正では矯正治療が終わった後、歯が後戻りを起こすことがありますが、セラミック矯正では歯を移動させることがないため、後戻りを起こすことはありません。
デメリット
支台形成しなければならないのが、セラミック矯正の最大のデメリットです。
特に犬歯の低位唇側転位では、支台歯の削除量が多くなる傾向があるため、麻酔抜髄が必要となることもあります。
また、セラミッククラウン自体や合着・接着材料に寿命があり、将来的に脱離や再製作の可能性があるのもデメリットのひとつです。
セラミック矯正のデメリットとは?治療を受ける前に知っておきたい予備知識
歯列矯正との違い
一般的な矯正治療では、歯を移動させる動的治療が行われます。
この矯正治療を歯列矯正と呼びます。
一方、今回のテーマであるセラミック矯正では、動的治療は行わず、歯を形成してクラウンを装着することで、歯列不正の改善を図ります。クラウンを装着する治療を補綴治療というため、セラミック矯正は歯列矯正に対し補綴矯正と呼ばれます。
歯列矯正では、歯冠を形成することはありません。歯を移動させる動的治療により、低位唇側転位状態にある犬歯の歯列不正を改善させます。動的治療であるため、歯を形成するという侵襲がないというのがメリットである反面、治療期間が長い、後戻りのリスクがある、保定装置を治療終了後長期にわたって使用しなければならない点がデメリットです。
また、その他のデメリットとして、犬歯を収めるスペースが歯列上に得られない場合は、第一小臼歯などを抜歯してスペースを確保することや、治療後に歯肉退縮を生じるリスクも挙げられます。
セラミック矯正で用いられるセラミッククラウンの種類
セラミック矯正で使われるセラミッククラウンの種類は、主に陶材焼付鋳造冠とジルコニア・オールセラミッククラウンの2種類です。
陶材焼付鋳造冠
ポーセレン、つまりセラミックは、天然歯のような透明感や色調により、とても審美性の高い治療材料として知られていますが、破損しやすい傾向があります。
そこで強度を高めるために、ポーセレンの内面に金属フレームを設けることで、審美性と強度の両立を図ったのが陶材焼付鋳造冠です。メタルボンドやセラモメタルなどと呼ばれることもあります。
なお、内面の金属フレームは、舌側のマージン部分に少し露出するだけなので、見えることはまずありません。
ジルコニア・オールセラミッククラウン
陶材焼付鋳造冠では、内面フレームに金属を使うため、ポーセレンの光透過性が損なわれてしまいます。
そこで、金属の代わりにジルコニアというセラミック材料を内面フレームに用いたのが、ジルコニア・オールセラミッククラウンです。
ジルコニアは、人工ダイヤモンドという別名を持つほど、強度が高く、光透過性に優れたセラミック材料です。
ジルコニアを内面フレームに用いたことで、ポーセレンの光透過性の高さを十分引き出すことが可能になり、より天然歯に近い透明感、自然感を再現することが可能になりました。ただし、ジルコニアはたいへん硬い材料なので加工が難しく、そのために陶材焼付鋳造冠よりコストが高くなってしまいます。
セラミック矯正の流れ
セラミック矯正の一般的な治療の流れについてご説明します。
問診
まず、歯列のどのような点が気になっているのか、治療上の要望も含めてしっかりと問診します。既往歴やアレルギーの有無も確認します。
検査
主訴が明らかになったら、レントゲン写真撮影、診断用模型の作製、齲蝕や歯周病の有無などを検査します。
治療方針の説明
検査データが揃ったら、それに基づいて立案した治療方針を説明します。
治療方法に加え、治療期間、治療に伴うリスク、治療費なども同時に伝えられます。治療方針に同意をすれば治療開始になります。
暫間被覆冠の作製
支台歯形成に取り掛かる前に、まず暫間被覆冠、いわゆるテンポラリークラウンを作製します。
支台歯形成
支台歯を形成し、印象採得、咬合採得します。その後、暫間被覆冠を装着します。
セラミッククラウンの装着
完成したセラミッククラウンを試適し、適合具合を確認します。適合具合に問題がなければ、合着・接着材料を塗布して装着します。
経過観察
数日後、セラミッククラウンの咬合状態や衛生状態などを経過観察し、必要に応じて咬合調整や歯面清掃などを行います。
セラミック矯正の費用
セラミック矯正は、保険診療の給付対象外です。したがって、全て自費診療となります。
陶材焼付鋳造冠
陶材焼付鋳造冠は、1本あたり8〜10万円ほどが相場です。
セラミック矯正で陶材焼付鋳造冠を採用した場合、形成した本数をかけた費用が、治療費となります。
ジルコニア・オールセラミッククラウン
ジルコニア・オールセラミッククラウンは加工が難しいため、陶材焼付鋳造冠よりコストが高くなり、1本あたりの相場は10〜15万円ほどになります。
ジルコニア・オールセラミッククラウンの場合も、セラミック矯正のために形成した歯の本数をかけた費用が、治療費となります。
【まとめ】八重歯はセラミック矯正で治せるの?
今回は、犬歯の低位唇側転位のセラミック矯正を用いた治療法についてご説明しました。
セラミック矯正は、歯列矯正と異なり治療期間が短く、後戻りも起こらないというメリットがある反面、支台歯形成が必要なこと、症例によっては麻酔抜髄が必要となることなどのデメリットもあります。
セラミック矯正のメリットやデメリットだけでなく、歯列矯正など他の治療法との違いも十分理解してから治療を選択するようにしましょう。