歯を失ってしまった場合、食事や会話の際に不便を感じたり、人前で口を開けることに抵抗を覚えたりと、日常生活に大きな影響が出ます。そんな歯の欠損を補う治療法として、「インプラント」は世界的にも普及が進んでいる優れた選択肢の一つです。
インプラントは、天然の歯とほぼ同等の機能や見た目を回復できることから注目されていますが、「手術が必要」「費用が高そう」「治療期間が長いのでは」といった不安や疑問を感じる方も少なくありません。
この記事では、インプラント治療の基礎知識、メリット・デメリット、治療の流れと期間を詳しく解説します。
この記事を読むことで、インプラント治療の全体像と注意点、他の補綴治療との違いを理解でき、下記のような疑問や悩みを解決します。
こんな疑問が解決
- インプラント(人工歯根)とはどのような治療法なのか?
- インプラント治療を受けることによる具体的なメリット(利点)
- 手術を伴うインプラントのデメリット(欠点)やリスク
- ブリッジや入れ歯といった他の治療法と比べて、インプラントはどこが優れているのか?
- インプラント治療は誰でも受けられるのか?適応症や成功基準は?
- インプラント治療の具体的な流れ(一次手術、二次手術)や全体にかかる期間
- インプラントの治療費は日本の保険診療の対象になるのか?
目次
インプラントとは

インプラント治療とは、失われた機能を回復させるために人工物などを使って機能を回復させる治療法です。余談ですが、生きた生体組織を使って機能回復を図る治療法は移植と呼ばれます。
歯科の分野でのインプラント治療とは、歯牙欠損による咬合機能や審美機能などの失われた口腔機能を人工歯根を使って回復させる治療法です。
現代のインプラント治療
実はインプラント治療の歴史は意外と古く、紀元前にまで遡ります。人類の長い歴史の中で、昔からさまざまな方法が試行錯誤されてきました。
現代のインプラント治療は、骨結合型インプラントに分類されるインプラント治療です。骨結合型インプラント治療は、1950年代にスウェーデンのブローネマルクがチタンと骨が結合するオッセオインテグレーションを発見したことに起源を有します。
現在では、オッセオインテグレーションに基づく骨結合性を獲得するインプラント治療が世界的な主流となっています。
インプラント治療の適応症
インプラント治療を適応するには、顎骨の垂直的高径が8〜10㎜、頬舌的幅径が5㎜以上必要です。骨量がこれを下回る場合は、骨造成手術を併用する必要があります。
また、機能的だけでなく、審美的にも理想的な補綴治療が可能となる位置が得られることも重要です。
インプラント治療の成功基準
インプラント治療が成功したかどうかの基準は、時代とともに少しずつ変わっています。
1970年代では、インプラント自体が多少動揺したり、インプラント周囲の骨吸収が大きくても成功とされていました。現在では、1998年のトロント会議での基準が採用されています。
現在の成功基準は『上部構造が機能的にも審美的にも歯科医師、患者ともに満足できること』『インプラントに原因のある痛みや不快感、知覚の異常、感染などがないこと』『非連結状態のインプラントに動揺がないこと』『機能開始から11年以降もインプラント周囲の垂直的骨吸収量が一年あたり0.2mm以下であること』などとなっています。
インプラントのメリット
インプラント治療には口腔機能や審美性の回復のほか、残存歯の保護などいろいろなメリットがあります。
口腔機能の回復
歯牙欠損により失われた咀嚼機能や発音機能も、インプラント治療で回復できます。中でも咬合力に関しては、天然歯と同程度まで回復できます。
審美性の回復
インプラント治療ではトップダウントリートメントの概念のもと、優れた審美性が得られるような位置を選んでフィクスチャーを埋入します。咬合機能の回復だけでなく、審美性も改善できる利点があります。
残存歯の保護
欠損歯の補綴方法には、インプラント治療以外にブリッジや部分床義歯があります。ブリッジや部分床義歯では、支台歯に負荷が加わるのは避けられません。
一方、インプラント治療では残存歯に負荷をかけることなく、口腔機能を回復できますので残存歯を保護できる利点もあります。
骨量の維持
歯を欠損すると、欠損部位の歯槽骨は吸収されて減少します。
フィクスチャーを埋入すると、周囲の歯槽骨の吸収が減少することが明らかになっていますので、インプラント治療には骨量を維持する効果もあります。
インプラントのデメリット
インプラント治療のデメリットは、手術侵襲や治療期間の長期化などがあります。
手術侵襲
現代のインプラント治療ではフィクスチャーを埋入し、骨と結合させますので、フィクスチャーの埋入手術が必須です。また、必要に応じて骨造成術も行います。
自家骨を移植する場合には、自家骨の採取も必要です。したがって、インプラント治療では手術侵襲が避けられません。
治療期間の長期化
インプラント治療では、骨とフィクスチャーの結合が大変重要となります。
骨とフィクスチャーが結合するまでに3〜6ヶ月程度の期間がかかりますので、インプラント治療の治療期間は長期に及びます。
未成年者は適応不可
成長発育段階でフィクスチャーを埋入すると、成長に伴って顎骨の中に埋没してしまう可能性があるため、成長発育途中は適応外です。
インプラント治療が受けられるようになるのは、一般的に男性は20歳以降、女性は18歳以降となります。
骨量による影響
フィクスチャーの初期固定に十分な骨量がない場合は、インプラント治療は困難になります。
骨量が不足する場合は骨造成術を行い、骨量を十分に確保する必要があります。
治療費
原則的にインプラント治療は保険診療の適応外です。
詳しくは後述しますが、自費診療となるインプラント治療の治療費は一般的に高額です。
インプラントとその他の補綴方法の比較
インプラント治療以外の選択肢としては、ブリッジや有床義歯があります。
ブリッジ

ブリッジとは、冠橋義歯とよばれる補綴物です。ブリッジは欠損歯の両側、もしくは片側の残存歯を支台歯とし、この支台歯に装着する支台装置とポンティックを連結した構造となっています。ブリッジは原則的に支台歯に接着する固定式ですが、可撤式としたものもあります。
後述する有床義歯のような違和感がないのが利点ですが、その構造上、たとえ健全歯であっても支台形成をしなければならないのが欠点です。保険診療のブリッジですと、広く金銀パラジウムが露出しますので審美性が悪くなります。
また、欠損部位の咬合圧に加え、金属製のブリッジの重量が支台歯にかかりますので、支台歯の負担が大きくなってしまいます。ポンティック部分の清掃性が悪いのもブリッジの欠点のひとつです。なお、ブリッジを適応できる範囲は基本的に連続した2歯欠損までです。
インプラント治療と比較した場合、インプラント治療には支台歯の形成が必要ない、残存歯に加わる負担が増えない、審美性や清掃性に優れているなどの利点があります。
有床義歯

有床義歯は、残存歯が全くない全部床義歯と残存歯がある部分床義歯に分けられます。
有床義歯は、可撤式なのでブリッジと比べると清掃性が高いのが利点ですが、取り外して清掃しなければならないといった手間がかかります。咬合機能では、人工歯で咬合できるようになっているとはいえ、有床義歯の咬合力はあまり高くありません。
一方、全部床義歯は顎堤の状態が安定性を左右し、顎堤の吸収が高くなると義歯の安定感も低下します。
部分床義歯は、鉤歯(こうし)という装置のかかる歯によって安定を図りますので、全部床義歯より安定性が高いのが利点ですが、鉤歯に加わる負担が高く、長期的にみると鉤歯の歯槽骨が吸収される欠点があります。鉤歯にかかる鉤の審美性もあまりよくないです。
インプラント治療と有床義歯を比較した場合、安定性の高さ、審美性の高さ、咬合力、鉤歯への負担の全てにおいて、インプラントの方が優れています。
インプラントのリスクファクター
インプラント治療のリスクファクターは複雑です。インプラント治療の手術に関するリスクファクター、治療後の予後に関係するリスクファクターに分けて考える必要があります。
インプラント手術に関するリスクファクター
インプラント手術が全身状態の悪化をもたらすリスクファクター、つまり手術危険度としては循環器系疾患や糖尿病、貧血、血液疾患、肝疾患、腎疾患などの患者側の因子が挙げられます。
なお、循環器系疾患のひとつである高血圧症自体は、インプラント手術のリスクファクターではありませんが、高血圧症の原因となっている動脈硬化が問題とされます。すなわち、進行した動脈硬化により手術中のストレスが引き金となり、脳血管障害や心疾患、腎機能障害などの合併症を引き起こすリスクが指摘されています。
インプラントの予後に関するリスクファクター
インプラント治療の成功を阻害するリスクファクターは、患者側因子と術者側因子に分けられます。
患者側因子としては、糖尿病や骨粗鬆症、貧血などの全身的因子、天然歯を喪失するに至った原因や咬合関係、骨量、骨質などの局所的因子が挙げられます。一方、術者側の因子としては、インプラント治療に関する技術不足や知識不足があります。
インプラントの術式
インプラント治療の術式について、もっともベーシックな方法である2回法でご説明します。
現在、いろいろなインプラントのメーカーがありますが、基本的な術式については大きな違いはありません。
一次手術
一次手術は、フィクスチャーの埋入のために行われます。
①局所麻酔
フィクスチャーの埋入予定箇所の口腔粘膜に表面麻酔を行い、塩酸リドカインなどによる浸潤麻酔を行います。
治療中のストレスの緩和を目的に、静脈内鎮静法を併用することもあります。
②粘膜骨膜弁の形成
フィクスチャーの埋入予定箇所の粘膜に切開を加え、粘膜骨膜弁を形成します。
切開線は一般的に歯槽頂切開が用いられます。これは、頬側からの血流が期待できること、創の閉鎖が容易であること、術後出血や腫脹が少ないこと、下顎の場合はオトガイ孔から離れていることなどの理由によります。
③フィクスチャー埋入窩の形成
歯槽骨に十分な冷却下で間欠的にドリリングを行い、フィクスチャーの埋入窩を形成します。
歯槽骨頂が鋭縁な場合は、ドリリングに先立ちラウンドバーでなだらかに整形します。
ドリリング時の回転数は毎分2000回転以下と、ドリリングは低速回転で行わなくてはなりません。また、ドリルサイズは、小さいものから選び、順次大きいものに取り替えます。
④フィクスチャーの埋入
形成した埋入窩を生理食塩水で洗浄し吸引します。
フィクスチャーをホルダーに装着し、ラチェットを使用し埋入します。
⑤閉創
フィクスチャーの埋入後、初期固定の有無を確認します。
フィクスチャーに封鎖用キャップを取り付け、創部が緊張しすぎないように縫合して閉鎖します。
二次手術
二次手術は、フィクスチャーと骨が結合したのちにアバットメントを取り付けるために行われます。
①局所麻酔
フィクスチャーの周囲に表面麻酔と浸潤麻酔を行います。
②粘膜切開
フィクスチャーのキャップ直上の歯肉を切開し、キャップを露出します。
③ヒーリングアバットメントの連結
キャップを取り外し、代わりにヒーリングアバットメントをフィクスチャーに連結します。
そのまま歯肉が治癒するまで、2〜3週間程度かけ経過観察します。
④アバットメントの交換と印象採得
歯肉の状態が落ち着いたのを確認したのち、アバットメントを取り替え、印象採得を行います。
⑤上部構造の装着
完成した上部構造を装着します。
保険診療とインプラント
現在、インプラント治療は一部の限られた症例を例外として除き、保険診療の適応を受けていません。インプラント治療の相場は、歯科医院により異なりますが、1本あたり30万円前後となっています。
この他、骨量が不足する場合行われる骨造成術やリラックスして受けるための静脈内鎮静法などを併用した場合に、追加費用が発生することがあります。詳しい費用は、インプラント治療を受ける歯科クリニックでご相談ください。
保険診療の適応となるインプラント治療について
保険診療では、インプラント治療は広範囲顎骨支持型装置とよばれています。
対象となるのは、腫瘍や顎骨骨髄炎、外傷などにより広範囲に顎骨が欠損した、もしくは歯槽骨が欠損した症例やこれらの骨欠損を骨移植によって再建した症例とされています。
骨欠損の範囲は上下顎ともに1/3顎以上とされ、それに加えて上顎の場合は上顎洞や鼻腔へ交通した症例となっています。これらのうちで、従来のブリッジや有床義歯で咀嚼機能が回復できない場合に広範囲顎骨支持型装置の適応となります。
この他、治療が受けられる医療機関についても施設基準が定められています。
【まとめ】インプラントのメリット・デメリットと治療の流れ・期間
インプラント治療のメリット・デメリット、治療の流れと期間について詳しく解説しました。
この記事では、下記のようなことが理解できたのではないでしょうか。
この記事のおさらい
- インプラント治療とは、人工歯根を顎の骨に埋入し、失われた口腔機能(咀嚼・発音)と審美性を回復させる治療である
- インプラントの主なメリットは、口腔機能・審美性の高い回復に加え、残存歯を削る必要がない(残存歯の保護)ことや、顎の骨量の維持に役立つことである
- インプラントの主なデメリットは、手術侵襲があること、治療期間が長期化しやすいこと、未成年者は適応外であること、治療費が高額になりがちな点である
- インプラント治療は、フィクスチャーを埋入する「一次手術」と、上部構造を装着する「二次手術」を経て完了する
- インプラント治療が保険診療の適用となるのは、病気などごく一部の条件に限られ、ほとんどの場合は自由診療となる
- インプラントの成功には治療前の骨量が重要であり、また手術や予後に関するリスクファクターを理解し、適切なケアを行う必要がある
歯の欠損に対する補綴治療の一つであるインプラントは、天然歯に近い咬合力や審美性の回復を可能にする非常に優れた治療法です。その一方で、外科手術を伴うことや治療期間の長期化、費用が全額自己負担となる場合が多いなど、知っておくべきデメリットも存在します。
インプラントを検討する際は、このコラムで解説したメリットとデメリット、治療の流れを十分に理解した上で信頼できる歯科医師と綿密に相談し、ご自身にとって最も適切な治療計画を選択することが大切です。
参考文献
古賀剛人. “科学的根拠から学ぶインプラント外科学 (応用編)”. クインテッセンス (参照 2021-02-11)
小田師巳, 園山亘. “正しい臨床決断をするためのエビデンス・ベースト・インプラントロジー”. クインテッセンス (参照 2021-02-11)
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日本口腔外科学会他. “一般臨床家、口腔外科医のための口腔外科ハンドマニュアル’12”. クインテッセンス (参照 2021-02-11)
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