従来、日本の歯科治療は、歯科疾患が発症したのちの治療が中心でした。ところが、一旦発症した歯科疾患の治療では効果に限界があり、歯の長期保存が困難でした。
そこで、疾患を治療するのではなく、発症を予防しようということで、予防歯科が登場しました。
このコラムでは、歯科疾患を治療するのではなく、未然に防ぐ予防歯科についてご紹介します。
目次
予防歯科とは
予防歯科とは、齲蝕症や歯周病などの歯科疾患の予防を専門とした診療科目です。
予防歯科では、歯科疾患の治療は行わず、プラークコントロールやフッ化物塗布などを中心とした予防処置を行います。したがって、支台歯形成や印象採得、補綴処置、抜歯などの観血的処置などは行われません。
予防歯科での診療内容
予防歯科では歯科疾患の発症を予防するため、次に紹介するようなさまざまな処置を行っています。
検査
まず、ブラッシングの回数やタイミングなどのブラッシング習慣、食生活や睡眠時間、喫煙の有無などの生活習慣などを問診します。そして、口腔内を診査して齲蝕や歯周病、欠損歯の有無、咬合状態などを診断します。
ブラッシング状況を確認するため、プラークを染色し、プラークコントロールレコードを記録します。プラークコントロールレコードでは、歯を4面に分割し、プラークの染色面の数を評価します。全歯面に対する染色面の割合が20%を下回るのが理想的とされています。
検査では、必要に応じてレントゲン写真を撮影することもあります。
スケーリング・ルートプレーニング
スケーリングとは、紙面に付着したプラークや歯石をスケーラーという器械を使って物理的に除去する処置です。
ルートプレーニングは、歯根表面のプラークや歯石に加え、汚染された歯根表層のセメント質を除去し、歯根を滑沢な状態にする処置です。
歯科疾患のほとんどは、歯や口腔内のプラークに含まれる細菌が原因となって発症しています。このため、プラークを取り除くプラークコントロールが歯科疾患の予防の要です。
スケーリング・ルートプレーニング、そして次にご紹介するPMTCを通して歯科疾患の原因であるプラークを除去し、口腔内を衛生的に良好な状態にします。
PMTC
PMTCとは、Professional Mechanical Tooth Cleaningを略した言葉です。プロフェッショナル、すなわち歯科医師や歯科衛生士が行う歯面清掃という意味です。
プラークだけでなく、ステインの除去効果もあり、PMTC後は歯面が滑沢な状態になります。PMTC後には歯科疾患の原因となるプラークが付着しにくくなりますので、ご自宅でのブラッシングによるプラークコントロールも向上します。
TBI
TBIは、Tooth Brushing Instructionの頭文字をとった言葉で、ブラッシング指導を意味しています。
歯の形状、本数、排列、咬合関係、補綴物や充填物の種類や形状など、同じ人は一人としていません。このため、最適な歯ブラシや歯間ブラシ、デンタルフロスなどのブラッシング用品はそれぞれ異なりますし、歯磨きの方法も同様です。ブラッシング指導といいますから、各自に適した歯磨きの方法の説明だけだと思われがちですが、使いやすいブラッシング用品の紹介もします。
TBIを通して、プラークコントロールレコード20%以下を目指します。
フッ化物塗布
フッ化物には、再石灰化促進作用、歯質強化作用、齲蝕原生菌の活動抑制作用があります。
フッ化物の応用方法は、フッ化物配合歯磨剤によるブラッシングやフッ化物配合洗口剤による定期的な洗口などがありますが、予防歯科では主にフッ化物の歯面塗布を行なっています。
フッ化物の歯面塗布には、再石灰化時のエナメル質へのフッ化物の取り込み効果、すなわち歯質強化作用が、他の方法よりも高いという利点があります。
歯面塗布の方法は、綿球法や歯ブラシ法が多用されていますが、フッ化物の歯面取り込み効果の高いイオントレーを使ったイオン導入法や、既製トレーを使ったトレー法もあります。いずれの方法も、年に数回受けるとより効果的です。
小窩裂溝填塞
小窩裂溝填塞は、シーラントとも呼ばれます。咬合面の小窩裂溝をコンポジットレジン、もしくはグラスアイオノマーセメントで埋める処置です。
小窩裂溝内部に溜まったプラークを除去するのは困難です。そこで、小窩裂溝を埋めてしまうことで齲蝕の発生を予防します。歯面清掃用ブラシやラバーカップで清掃し、充填します。
歯面を形成しない侵襲性の低い処置です。
生活習慣指導
齲蝕や歯周病などの歯科疾患の発症にはブラッシング習慣だけでなく、食生活や口呼吸、ブラキシズムなどの不良習癖も関係しています。
予防歯科では適切な指導を通して、歯科疾患の発症に関係性の高い生活習慣を改善し、発症を予防します。
予防歯科のメリット
予防歯科には、次に紹介する5つのメリットがあります。
歯科疾患の発症予防
歯科疾患のほとんどは、歯や口腔内のプラークが原因で発症しています。
予防歯科での徹底したプラークコントロールによりプラークに原因のある歯科疾患の発症が予防できます。また、定期的なフッ化物の歯面塗布により、高い齲蝕抵抗性も得られます。
歯の寿命の向上
齲蝕症や歯周病は、一旦治療が終了しても再発する可能性があります。
例えば、齲蝕治療で充填処置を受けたとします。人工材料と歯質の隙間から二次齲蝕が発生すると、更に大きな齲窩へと悪化します。やがて抜髄し、全部被覆冠による補綴治療が必要となります。また補綴物と歯質の隙間から二次齲蝕が生じると、更に歯質が減少し、やがて歯を喪失するに至ります。
このように、齲蝕症や歯周病の多くは、不可逆的な経過をたどり、歯を失ってしまうことも珍しくありません。
予防処置によって、歯科疾患を予防できれば、こうしたリスクを減らすことができるため、歯の寿命も向上します。
歯の審美性の向上
歯は、咀嚼や構音などの機能的な面だけでなく、審美的な面も有しています。
例えば、現在の歯科治療では、齲蝕により欠損した部位や歯周病で欠損した歯を人工材料で補う修復治療が行われています。
人工材料では、歯を天然歯と同じく審美的に回復させることは困難です。予防歯科で歯科疾患を予防すると、歯の欠損が予防できるため審美性も向上します。
健康寿命の向上
代表的な歯科疾患のひとつである歯周病は、糖尿病や肥満、循環器系疾患、呼吸器疾患、妊娠トラブルなどさまざまな全身疾患に関係していることが明らかになっています。
予防歯科を通して、歯科疾患を予防するということは、これらの全身疾患の予防や進行抑制にもつながる効果が期待できます。
歯科治療期間の短縮
齲蝕症はC1〜C4まで4段階に分類されており、数字に比例して進行度が高くなります。
C3クラスまで進行すると、根管治療が必要となります。根管治療だけでも数週間かかりますし、そののち、支台築造、支台形成、補綴物装着とさらに歯科治療が続きます。このように病状が進行すると、それだけ歯科治療に要する治療期間が長くなります。
予防歯科を通して歯科疾患を予防できれば、歯科治療のために歯科医院に通院する時間が節約できます。
歯科治療費の削減
齲蝕症や歯周病などの歯科疾患は、進行すればするほど治療期間とともに治療費も高くなります。
保険診療では治療費の3割を窓口で負担する仕組みになっていますが、例えば、C1段階で齲蝕が発見できれば、初診料や再診療、レントゲン費用別で安ければ750円ほどですみます。
ところが、前歯部のレジン前装鋳造冠ではクラウンだけで6,300円、臼歯部のCAD/CAM冠は5,000円ほどにもなります。
治療期間も長くなります。
予防歯科で歯科疾患を予防していれば、このような歯科治療費の発生も抑えられます。
予防歯科のデメリット
予防歯科では多くのメリットが得られる反面、デメリットもないわけではありません。
定期受診が必要
予防歯科でのさまざまな予防処置は、一回受けただけでは歯科疾患を予防することはできません。プラークや歯石は時間が経つと再発しますし、気づかないうちに歯科疾患に関係する不良習癖が発生している可能性もあるからです。しかも、フッ化物の歯面塗布は1回だけでは十分な効果は得られません。
こうした理由により、個人差はありますが3〜6か月に1回程度の頻度で予防歯科での予防処置を受けることが勧められています。
処置時間が長い
先ほどお話ししたように予防歯科ではさまざまな処置を行うため、一回あたりの処置時間は長くならざるを得ません。
齲蝕治療や歯周病治療のように頻回な通院は必要なく、受診回数は一回ですみますが、一回あたりの処置時間が長くなるというデメリットもあります。
【まとめ】歯の寿命を左右する予防歯科とは?その内容や6つのメリットを紹介
今回は、予防歯科について紹介しました。
自覚症状がなくても予防歯科を定期的に受診していると、
- 歯科疾患の発症予防
- 歯の寿命の向上
- 歯の審美性の向上
- 健康寿命の向上
- 歯科治療期間の短縮
- 歯科治療費の削減
などの効果が得られます。
齲蝕症や歯周病などの歯科疾患は、予防できる疾患です。そして、歯科疾患と全身疾患は密接な関係にあります。
予防歯科を受診して、歯科疾患や全身疾患を予防していきましょう。