上顎臼歯部の骨量を増大させてインプラント治療を可能にするソケットリフトとは

インプラント治療の前準備「ソケットリフト」って何?

インプラント治療では、フィクスチャーが十分な初期固定を得ることが成功のカギとなります。

しかし、上顎臼歯部は解剖学的に上顎洞の直下にあり、もともと骨量が少ない上、歯の欠損に伴う歯槽骨の吸収により、フィクスチャーの初期固定を得るだけの骨量がなくなっている場合があります。

そのような症例でも、インプラント治療を可能とするために行われるのがソケットリフトです。

ソケットリフトとはどのような治療法なのでしょうか。

今回は、上顎臼歯部の骨量を増大させるソケットリフトについてご説明します。

目次

ソケットリフトとは

ソケットリフトとは、上顎臼歯部の骨量が不足しており、フィクスチャーの初期固定が期待できない場合に、骨量の増大を目的として行われる上顎洞挙上手術のひとつです。

ソケットとは『インプラントの埋入窩』、リフトは『持ち上げる』を意味しています。

すなわち、ソケットリフトとはインプラントの埋入窩を通して上顎洞底部にアプローチし、上顎洞粘膜を骨とともに挙上し、挙上することで得られた空隙に骨を移植し、上顎洞底部の骨量を増大させます。

ソケットリフトの適応症

ソケットリフトの適応となるのは、上顎欠損部の歯槽頂から上顎洞底部までの垂直的距離が7〜8mm以上ある症例です。

これは、ソケットリフトが、インプラントのフィクスチャー埋入と同時に行われる手術法であるためで、フィクスチャーの初期固定が十分に得られるだけの骨量が要求されるからです。

もし、歯槽頂から上顎洞底部までの距離が7〜8mmを下回る骨量しかない場合は、サイナスリフトが適応となります。

ソケットリフトのメリット

ソケットリフトにはどのようなメリットがあるのでしょうか。

上顎臼歯部の骨量の増大

ソケットリフトにより上顎洞底部の骨菲薄部の厚みが増大します。これにより、フィクスチャーの初期固定に十分な骨量が得られるようになります。

治療期間が延長しない

ソケットリフトは、インプラントのフィクスチャーの同時埋入が基本となります。

サイナスリフトのように移植骨が安定するまでの3〜6か月の期間が必要なく、インプラント治療の期間が長引かないのが利点です。

手術侵襲が少ない

もうひとつの上顎洞底挙上術であるサイナスリフトでは、粘膜骨膜弁の形成後に、上顎洞側壁の開窓や上顎洞粘膜の剥離、人工骨や自家骨の移植を行います。

一方、ソケットリフトでは粘膜骨膜弁の形成や骨移植は必要ですが、それ以外の上顎洞側壁の開窓などを行いません。

粘膜骨膜弁の形成範囲も、ソケットリフトの方が狭いです。このため、ソケットリフトはサイナスリフトと比べて手術侵襲を低く抑えられます。

手術時間が短い

サイナスリフトでは、上顎洞側壁の開窓などが必要ないため、手術時間が短くできる利点があります。

ソケットリフトのデメリット

一方、ソケットリフトにもデメリットがあります。

既往歴によっては適応不可

ソケットリフトは侵襲が少ないとはいえ、外科手術の一種ですので、糖尿病や骨粗鬆症などの代謝・内分泌系疾患や肝機能障害や腎機能障害などの消化器疾患、脳血管障害、リウマチやSLEなどの自己免疫疾患などの既往歴があると適応不可となることがあります。

ビスフォスフォネート系薬剤やステロイド薬などの薬剤、放射線治療の既往、頭頸部がんの既往などもソケットリフトの適否に影響します。

上顎洞底部の骨量過少では適応不可

サイナスリフトと比べるとソケットリフトで造成できる骨量が少ないので、上顎洞底部の骨量が過少の場合は適応外となります。

術野が狭い

サイナスリフトは、上顎骨の頬側粘膜を切開し直視下で、上顎洞側壁の開窓や粘膜の剥離、骨移植が行えます。

一方、ソケットリフトはフィクスチャーの埋入部位からの盲目的なアプローチとなりますので、サイナスリフトと比べると術野が狭いというデメリットもあります。

上顎洞粘膜の剥離が困難

サイナスリフトでは、比較的広い術野から上顎洞側壁から上顎洞粘膜を剥離します。側壁からのアプローチでは、緩やかなカーブを描いた側壁に沿わせて粘膜を剥離していきます。

一方、ソケットリフトでは、ソケットから持ち上げるようにしながら薄い上顎洞粘膜を剥離します。しかも、骨面は側壁のようにカーブしていません。そのため、カーブに沿わせて広い術野から剥離できるサイナスリフトと比べると、ソケットリフトの上顎洞粘膜の剥離は困難です。

オステオトームが頭に響く

上顎洞粘膜下部の骨は、オステオトームで槌打ちして骨折させて外します。このとき、槌打ちの衝撃が頭に響くという不快感が生じます。

ソケットリフトの術式

ソケットリフトの術式についてご説明します。

①局所麻酔

欠損部位に表面麻酔を行ったのち、塩酸リドカインなどにより浸潤麻酔を加えます。

静脈内鎮静法を併用することもあります。

②粘膜骨膜弁の形成

インプラント埋入予定部位の歯槽頂に切開を加え、粘膜骨膜弁を形成します。サーキュレーションメスで埋入部位に適した円状切開とすることもあります。

③ソケットの形成

フィクスチャーの埋入予定箇所に、上顎洞底部付近までドリリングを行います。ドリリングののち、オステオトームと使って、上顎洞底部の骨を骨折させます。

④上顎洞粘膜のリフトアップ

形成されたソケットから剥離子を使って上顎洞粘膜を剥離します。

⑤骨移植

上顎洞粘膜と上顎骨との空隙に骨移植を行います。

自家骨を移植する場合は、骨採取が同時に行われます。

キャリーやシリンジなどに充填した移植骨をソケットに運び、上顎洞粘膜下部に填入します。

上顎洞粘膜に穿孔しないように、プラガーやリフティングドリルなどを用いて慎重に少量ずつ緊密に充填します。

⑥フィクスチャーの埋入

骨移植が完了したのち、インプラントのフィクスチャーを埋入します。

⑦閉創

フィクスチャーの埋入後、粘膜骨膜弁を戻し、創部を緊密に閉創します。

ソケットリフトの偶発症

ソケットリフトの処置時の偶発症には、上顎洞粘膜の穿孔やフィクスチャーの上顎洞迷入などが挙げられます。

上顎洞粘膜の穿孔

ソケットリフトは盲目的処置です。

術前に上顎洞底部の骨の形態を画像で確認し、骨開削や骨移植を行いますが、ソケットリフトの術野は狭い上に、上顎洞粘膜も菲薄なため、上顎洞粘膜を穿孔してしまうリスクがあります。上顎洞粘膜の穿孔状態は、鼻内内視鏡で観察します。

穿孔した状態によって、class1とclass2に分けられます。

class1は移植骨が漏出しない程度の穿孔、class2は移植骨が漏出するほどの穿孔です。

class1は経過観察で十分とされていますが、class2であれば上顎洞側壁を開窓して穿孔部の閉鎖を行わなければならない場合もあります。

上顎洞炎の発症

ソケットリフトによる上顎洞への刺激により、上顎洞炎を発症することがあります。

術後の上顎洞炎に対しては、抗菌薬や鼻腔内洗浄により消炎を図ります。

上顎洞粘膜を損傷したことによる上顎洞炎の場合は、原因を除去するために移植骨やフィクスチャーの除去が必要なこともあります。

フィクスチャーの上顎洞内への迷入

ソケットリフトを行う症例では、上顎骨が菲薄化しているため、フィクスチャーを過剰に埋入させてしまい、上顎洞内へ迷入させてしまうことがあります。フィクスチャーを上顎洞内に迷入させてしまった場合には、フィクスチャーを摘出しなければなりません。

摘出の方法としては、歯根が上顎洞内に迷入した場合の摘出方法と同じく、インプラントの埋入窩を拡大し、そこから上顎洞内の洗浄吸引を行なって摘出を試みます。

埋入窩からの摘出が困難な場合は、Caldwell-Ruc法に準じて犬歯窩から上顎洞を開放して摘出します。

最近は、耳鼻咽喉科とともに鼻内内視鏡を併用して摘出したという報告例も増えてきています。

保険診療とソケットリフト

ソケットリフトは、保険診療の適応外となっていますので、自費診療による治療になります。

ソケットリフトの治療費の相場は、インプラント1本あたり5〜10万円ほどですが、中には骨移植の費用を別に算定しているところもあります。

それぞれの歯科医院が独自に設定していますので、詳しい費用は各歯科医院で相談してください。

【まとめ】上顎臼歯部の骨量を増大させてインプラント治療を可能にするソケットリフトとは

今回は、上顎臼歯部の骨量がインプラント治療をするには不足している場合に行われるソケットリフトについて説明しました。

歯槽頂から上顎洞底部までの垂直的距離が7〜8ミリ以上ある場合は、ソケットリフトの適応があります。

ソケットリフトは、サイナスリフトと比べると侵襲が少ない、フィクスチャーを同時埋入できるなどの利点がありますが、その反面、盲目的処置なので、上顎洞粘膜を穿孔するリスクなどがあります。

ソケットリフトの特徴を理解した上で、選択することが重要です。

上顎の骨量不足を補うインプラント治療「サイナスリフト」とは


古賀剛人. “科学的根拠から学ぶインプラント外科学 (応用編)”. クインテッセンス (参照 2021-02-11)

小田師巳, 園山亘. “正しい臨床決断をするためのエビデンス・ベースト・インプラントロジー”. クインテッセンス (参照 2021-02-11)

柴原清隆. “ビジュアルマイクロサージェリー”. クインテッセンス (参照 2021-02-11)

日本口腔外科学会他. “一般臨床家、口腔外科医のための口腔外科ハンドマニュアル’12”. クインテッセンス (参照 2021-02-11)

日本口腔外科学会. “口腔外科専門医マニュアル”. 医歯薬出版株式会社 (参照 2021-02-11)


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